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第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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9/17/2016

蓮舫氏の「二重国籍」という、そもそも存在しない「問題」は無知な差別主義者の偽善でしかない




民進党の新代表に蓮舫氏が決まったのは、悪いことではない。

代表選挙中から普天間基地の辺野古移設を推進すると言ってみたり、就任後は冷静な危機管理がまったくできない前首相の野田氏(パニック心理の幼稚な意地に取り憑かれ、勝てる体制すらできていないのに解散総選挙に走った愚の骨頂)をいきなり幹事長に任命するなど、確かにやっていることや言っていることに疑問は多々ある。

しかしそれでも、女性が日本の最大野党の党首、それも日台混血で自ら自分のナショナリティ(註:法的な「国籍 citizenship」ではなくアイデンティティ意識としての「民族籍 nationality」、両者はまったく別次元の問題)をその二つの国だと、さらに時には中国も含めて堂々と公言して来た人が総理大臣になるかも知れない、というのは日本社会の現代の時代に合わせた進歩であり、性格が実は途方もなく男勝りだと噂されようが、自らが女性らしい美しさセクシーさを持った政治家であることを堂々と提示し続ける蓮舫氏は、日本のジェンダー・ポリティクスの歪みを解消するという点でも、「ガラスの天井破り」に大いに挑戦して頂きたい。

また性差別との誹りをあえて覚悟していえば、あくまで一般論として脳化学・脳生理学の観点から科学的知見を援用するなら、民主主義社会の現実的な政治的決断には男性よりも女性の方が適している。

たとえば北朝鮮が確信犯的チキンレースを仕掛けて来ていることへの対応について、日米韓の三国は「男ってバカよね」の典型パターンに陥っている。男性原理の愚かさなりの狡猾さでいえば、申し訳ないが北朝鮮の三代目の方が二枚も三枚も上手だ。


とはいえ確かに韓国の現大統領は、同国初の女性政治指導者だ。 
大変に困ったことなのだが、パク・クネ氏の場合は脳科学的な特性よりも大日本帝国陸軍に教育・訓練された将軍の独裁者の娘という社会的に刷り込まれた人格の方が、彼女の中では勝っている、その意味で男性以上に男性的愚かさの典型になっていると言えるが、それでも「昭和の妖怪」の孫なんぞよりはなんぼかマシ、であろう。


しかし民進党の代表選挙はそれでも、まことに残念な顛末になってしまった。

誰が新代表になったかの問題ではない。それなら最初から蓮舫氏で確実と言われていた、予想通りの結果でしかない。

そんななかであえて前原・玉木両氏が立候補したのは、無選挙でなんの議論もなく代表選出になるのはよくないから、ちゃんと党内議論を深めてそれをアピールするという狙いだったはずだ。

なのにそうした党の将来を考えるよりも、「蓮舫氏の二重国籍疑惑」なるデッチあげの荒唐無稽で無知丸出しのデマが最大の注目点になってしまったのが、この代表選だった。

そもそも産經新聞がそんなことを記者会見で訊き始めたのも、呼応してネット・メディアやネット上のJ-NSC(自民党ネットサポーターズ・クラブ)辺りが騒ぎ始めたのも、民進党の新代表選挙の効果それ自体を妨害するための「さる筋」(後述する)の策謀であることくらい、民進党側でも気づいていておかしくないはずだ。

なのにその手にみすみす乗ってしまうようで、どう肥大化した巨大与党に対抗できるのだろう?

蓮舫氏が気色ばんで「質問の意味が分からない」と応じたのは、人種差別の攻撃に晒された当事者の当然の反応だったとしても、党本体やとくに他の候補者二名こそが「それは人種差別ではないか?」とはっきり反問するべきだったし、法的にそんな問題が存在しえないこともちゃんと説明できないようでは、政治家、立法府の一員としてまことに心もとない。

一方で、大手メディアで社説などでもこのような質問を思いつく(というかでっち上げる)こと自体が人種差別に基づくものではないか(しかも日本の国籍の扱いに関して恐るべき無知)、と批判するところがひとつもなかったのも、あまりに「民度が低い」と言わざるを得ない。

傍目には客観的に一目瞭然の人種差別でしかないことを、「差別じゃない」と言い張る集団自己欺瞞に陥っている日本社会はまことに気持ち悪いのだが、蓮舫氏の「二重国籍」が云々という人たちは、まずせめて日本の単一国籍主義の法運用の常識くらい踏まえてからモノを言って欲しい。

日本の法律では日本国籍を取得することが他国籍の放棄の意思を意味する宣言でもあることが法文に明記されているし、それは現実的にも合理的な判断でもある(単一国籍主義が現実に照らして不合理である、という議論はその通りだが)。

国籍の取得(帰化)について、国籍法第5条第一項ではその要件のひとつの、他国籍の扱いと日本の原則である単一国籍主義について


五 国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと。(国籍法第五条一項五号)

としている。あくまで「日本の国籍の取得によつて」という因果関係で、その結果として「その国籍を失う【べき】」としか書いていない。つまり他国籍を事前に放棄しなければ日本国籍を取得できないというのは完全な誤りであり、国籍の取得と同時に他国籍が消滅するという立場だし、それは当然でもある。事前に他国籍を放棄してしまえばその人物は一時的に無国籍状態になるし、その後で日本の国籍の取得を許可されなければ一生無国籍だ。そんな無茶苦茶なことを日本の国籍法はさすがに要求はしていない。

しかもこの単一国籍という要件については、さらに同条文の第2項で

(法務大臣は)外国人がその意思にかかわらずその国籍を失うことができない場合において、日本国民との親族関係又は境遇につき特別の事情があると認めるときは、その者が前項第5号に掲げる条件を備えないときでも、帰化を許可することができる(国籍法第五条二項)

…と但し書きがついている。

つまり国籍の放棄はあくまで他の国籍を放棄する本人の意思の表明だけが必要で、他国の国籍は日本の国籍の取得によってその国籍を失う「べき」としか書かれていないことからも、蓮舫氏のような場合でも実際にその手続きが済んでいたかどうかが問題ではないことは明白だ。

また生まれながらにして(両親のどちらかが日本国籍でないため)多重国籍の場合は22歳までに国籍の選択が義務づけられているが、その条文は

(多重国籍を持つ者の国籍の確定は)日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣誓(以下「選択の宣言」という。)をすることによつてする(国籍法第14条2項) 

となっている。

この法文の読み方が分からない人に念のため言っておくと(「宣誓」する相手が誰なのか、目的語が書いていないから混乱する人はいるのかも知れないが)、第16条には「選択の宣誓をした日本国民は」つまり選択を済ませた(過去形、つまり他国籍の抹消手続きはこの選択の前提条件ではない)者は、「外国の国籍の離脱に努めなければならない」とある。

ここまで書かれればさすがに誰でも分かるはずだが、14条でいう「選択の宣誓」は国籍の離脱の相手国政府に対して国籍離脱の手続き行うことはまったく意味していない。この条文が日本国とその政府に対して日本国籍の選択を表明することをイコール他国籍の放棄とみなしているのは国籍法第5条と同様で、また法の下の平等という法治主義の大原則から、そうでないとおかしい。

宣誓する相手の目的語が書かれていないのは「日本という国家(主権者たる国民の総体とその代表者としての政府)」に対してであるのが自明だからで、その他国政府で国籍離脱の手続きを取ることは「選択の宣誓」後にやることで、しかもあくまで「努力義務」でしかない。

「外国の国籍の離脱に努めなければならない」つまり「努力義務」、そして五条一項五号の「失うべき」論、要するに法的にはやらなかったからと言って咎められることではなく、第五条の第二項で本人の意思だけを要件としていることとも一致する。

法律なのだから、ここで不平等があっては法体系が崩壊することも、言うまでもない。

蓮舫氏の場合も、本人の意思にも認識にも反して台湾の戸籍が残っていたのは、この五条第二項規定に該当する事例でしかない。台湾のパスポートを申請・更新でもし続けて来たか、台湾にビザなし渡航の期限を超えて長期滞在したり、就労でもしていない限り、台湾籍放棄に関して「その意思」は明確だ。

つまり日本の法律上なんの問題もなく、蓮舫氏の国籍は日本であり、日本国籍である以上は単一国籍と日本国はみなす、ということにしからないし、こうして日本国が日本国民だと認識している蓮舫氏の国籍について、適用されるのは当然ながら日本の国籍法のみだ。

台湾つまり中華民国を日本が正式に承認していないことから、適用されるのが中華民国法ではなく中華人民共和国の法ではないか云々という議論が出て来ているようだが、国籍に関してはまったく関係しない。適用されるのは日本の法律だけだ。

外交関係をややこしくすることになるので蓮舫氏は言わなかったが、17歳の日本国籍取得時に父親が台湾の代表部で台湾戸籍の除籍手続き(=国籍離脱手続き)をやったはずなのに台湾戸籍が残っていたのは、実際には彼女の記憶違いでは恐らくない。

台湾側が手続きをやらなかった(それも意図的にだった)可能性が高いのは、そんなものは公然の秘密であって、とやかく言わないのは台湾政府を無益に傷つけてもしょうがないから、彼女は「記憶違いかも知れない」とその部分のみ謝っただけだ。自分個人の事情で重要な隣国との関係を悪化させないよう「泥をかぶる」のは、政治家としてまったく正しい判断だ。

逆に言えば、この「二重国籍」問題をでっち上げて騒ぐ人たちが日台関係を悪化させてしまいかねない事態を作り出してしまったなかで、蓮舫氏は自分の「記憶違い」ということにしてそのダメージを最低限に抑えている。

台湾側の手続きの瑕疵と言っても、台湾政府が国籍の離脱手続きに非協力的になるのは、そもそも当然のことだ。

国籍を放棄するということは台湾政府に国民としての保護やサービスを求めないという意味にしかならず、そのサービスを「要らない」と言ってる元国民のためにわざわざ面倒な事務手続きを進めてやる義務もインセンティヴも、台湾政府のお役人にはない。

しかも日本の法律が明記している義務はあくまで本人の他国籍放棄の意思だけなのだから、仮に蓮舫氏の父が台湾の通商代表部(当時は名称が違っていたはずだが)に娘の国籍放棄を申請して受理されなかったのだとしても日本の法律上の「努力義務」は完全に満たしているし、しかも未成年だった蓮舫氏が父を信用していて当たり前でもある以上、あらゆる観点からみて彼女に法的な責任はまったく派生しない。

台湾政府にしてみれば、本人が「自分は国籍を放棄した」と思っているし現にそう宣言しているのなら、国民としての権利や保護を今後求めるはずがなく、わざわざ戸籍を抹消する手続きを進めなくとも実務上なにも困らない。万が一蓮舫氏が国籍に基づく国民の権利の保護を要請して来たら「あなたは日本の政治家、つまり日本国籍を選択しているのだから台湾国籍は放棄しているはずだ」と突っぱねるだけだ。

実務上必要もないのに、わざわざそんな面倒な除籍の手続きなどやらないのが当たり前であって、台湾側の瑕疵であり怠慢と理屈の上ではなるにしても、目くじらを立てるほどのミスでもなんでもない。戸籍の記述が実態とかけ離れていても、この場合は特段誰も困らないのだから。

しかも国籍離脱の手続きを進める立場の在外公館からすれば、自国の国籍の放棄を求める在外邦人はいわば「非国民」「裏切り者」である。窓口の担当係官が非協力的なのはむしろ当然だ。

こと台湾には特殊な事情がある。

正式には中華民国で、分断国家状態の中華人民共和国と国民をいわば取り合っている関係になることから、中華民国籍を中華人民共和国籍に切り替える国民を出さないために、国籍離脱手続きを実際にはやらない、申請者に難癖をつけて追い返す、というのも、こと国民党独裁の軍政下では常態化していたし、その「伝統」は今でもそう変わらないらしい。

たとえば、国籍離脱を申請するときには、台湾のパスポートを失効させる手続きが必要なので、それを持参しなければならないのは当然だ。

だが今でも通商代表部ではこれを盾にとって有効なパスポートがなければ手続きを受け付けないとして、それがない場合には数万円払って新たなパスポートを作れと言われるらしい。もちろんただの嫌がらせで、理詰めで抗議すれば向こうは引き下がらざるを得ないが、それでも蓮舫氏が改めて離脱申請をした今回の場合ですら、失効したパスポートは提出が要求され、探すのが大変だったという。

こんなことはまったく褒められた話ではないにせよ、台湾の国際法的に不安定な地位ゆえの国策と、事実上の在外公館である通商代表部の立場としては、それなりに合理的なものではある。例えば、台湾には徴兵制があり、軍の最大の存在理由は名目上、中国本土への対抗だ。だから日本の政府や政治家がことさら口出しすることは、正式国交こそないとはいえ実際には重要な隣国である台湾とのデリケートな関係を考えれば、避けるべきものでしかない。

だから蓮舫氏は、実は自分の記憶に自信があっても(ただし父親がいい加減にあしらわれ追い返されていて、そのことを察しても黙っていたということならあり得る)、あえて「記憶違い」という些細なことの謝罪で済ますことで、このバカげた国内バッシングが国際問題になることを避けたに過ぎない。

繰り返すが、蓮舫氏が自分の「記憶違い」だけを謝罪したのは、政治家として明らかに評価されるべき「大人の対応」だった。

どっちにしろ、国籍離脱届けをどう扱うかは台湾政府の勝手であり主権の範疇、他国がとやかく言うことではない。またブラジルのように国家の存立理念の観点から、国籍離脱という手続き自体が法的に存在しない国もある。

だから日本の単一国籍主義は、日本国籍の選択が日本政府に対して「他の国籍は放棄します」という宣言も同時に意味し(「選択の宣言」)、国籍取得の場合は「失うべき」だけであって本人の意思確認だけが必須の要件であることを法文で明記して、日本の法律上は自動消滅したとみなすことにしている。

また逆に言えば、そういう法律になっていなければ、相手国が日本政府と日本国民への嫌がらせとしてその手続きを進めない、というシチュエーションすら可能になってしまうし、単一国籍の建前自体が崩壊してしまう。


それくらい無理があって非現実的なのだから単一国籍主義なんて止めればいいだろう、多重国籍のなにが問題なんだ、と言われれば、まったくその通りではある。 
多重国籍を認めないという日本の方針は、逆に言えばこうでもしなければ維持できないものでしかないのだ。


しかも蓮舫氏は10年以上前から日本の国会議員だ。閣僚も務めた経験がある。

つまり高校三年生での(17歳か18歳かで「言うことがコロコロ変わる」と難癖をつける人は、本当に日本人なのか疑いたくなる)国籍取得の時だけでなく、何度も(就任のたびに)「自分は日本国籍=他国籍は放棄した」と宣言していることになるし、その厳然たる事実は台湾政府ももちろん認識している。

だから蓮舫氏が台湾国籍保有者としての権利や保護を台湾政府に求めても、台湾政府がそれを認めるわけがない。

無知で非常識な人たちだけが、「二重国籍問題」を騒いでいるだけだ。

「証拠を出せ」などと言うに至っては、蓮舫氏が立候補するたびに戸籍謄本は選挙管理委員会に提出している。その戸籍謄本がなによりもの証拠だ。国籍の選択の宣誓について瑕疵があれば、立候補はできていないはずだし、国籍の取得の場合であればその手続きを済ましていなければ、そもそも日本の戸籍は存在しない。

蓮舫氏の場合は母親が日本人だったので出生時の国籍法では日本国籍はなく、台湾と日本の二重国籍になったこと自体が、1985年の国籍法改正で母親のみが日本人の場合でも日本国籍が発生するとされたことの、遡行による。

つまり出生時にはなかった日本の戸籍は国籍選択の届け出と宣言がない限り作られることはなく、戸籍自体が存在していないことになり、日本の公職の選挙に立候補できていなかったはずだ。

蓮舫氏が立候補に当たり戸籍謄本を提出していること自体が、日本の戸籍が存在している、つまり国籍選択の手続きを済ましていることの明白な証拠であり、個人情報に当たる戸籍の開示で「証明しろ」などという主張自体がそもそも馬鹿げている。

まったく、ナンセンスもほどほどにして欲しい。

その結果、日台両国間の暗黙の了解でデリケート過ぎて触れないようにして来たことまで、顕在化させてしまったのがこのバカ騒ぎである。

まったく「国益」を考えていないこの愚鈍で無意味な似非「論争」でしかないのだが、こんなものを誰が仕掛けたのかと言えば、産経新聞が騒ぎ出す前に、蓮舫氏の台湾での戸籍がどうなっていたのかを台湾政府に問い合わせた人間がいたとしても、まったく驚かない。

台湾政府のコネのあるジャーナリストの人はぜひ調べてもらいたいところだが、だいたい「内閣情報調査室」と相場は決まっている。

ただこのような日本の国籍法のまっとうな運用について、一点だけ厄介な問題がある。

国籍の取得を持って他国籍の放棄の宣言とみなす、逆に他国籍の国籍保有を明示すれば日本国籍は放棄したことになる、という日本の単一国籍主義の大原則を破った過去があるのが、他ならぬ日本の法務省なのだ。

ペルーの大統領だったアルベルト・フジモリが失脚し、その在任中の独裁的な犯罪行為が明らかになったとき、日系人であるフジモリ氏は日本に亡命を求めた。

ところが日本政府は戦後に亡命を受け入れた前例がないことから事なかれ主義に徹して亡命は断り、かといって日系人であるフジモリ氏を追い返すことは民族感情から許されず、そこでフジモリ氏が当然ながらもうないと思っていた日本国籍(だから亡命を求めたのだが)を、わざわざその一族の出身地である熊本県の古い(なんと毛筆の!)戸籍を調べ上げて「戸籍が生きている=国籍がある」と言ってしまったのだ。

フジモリ氏の日本戸籍(つまり国籍)が「残って」いたのも、手続き上の瑕疵で書類が実態を反映していない状態になっていたに過ぎない。

大統領として国会で、全ペルー国民に向かって就任を宣誓した時点でフジモリ氏は明らかにペルー国籍の選択・保有を宣言していることにしかならず、日本の国籍法では日本国籍を放棄したとみなすはずで、現に氏が失脚するまではそうみなして来たし、だからわざわざ亡命を求めたはずなのに、日本の法務省が唐突に法律をねじ曲げて、本来なら国籍法に基づき剥奪されているべき国籍の有効性を認めてしまったのだ。

とはいえ、だから蓮舫氏も云々、というのは法治主義の意味も分かっていないことになる。

国家政府の都合で法律をねじ曲げたことが個人の権利を侵害するのは、法治主義の国家では絶対にあってはならないことだし、逆に日本政府がアルベルト・フジモリ氏がずっと二重国籍だったと認めて日本国内での居住を許可してしまった瞬間、多重国籍を認めて来なかった(重国籍の場合の国籍選択を22歳までに済まさなければ違法になる)日本の単一国籍主義はすでに崩壊している。

いまさら蓮舫氏の国籍を云々する議論自体が、法の下の平等に反していることになるのだが、日本人の多くがそもそも、この程度の「法治主義」の基本すら分かっていないのではないか?

いやそもそも、「国籍」の法的な意味が分かっていないのではないか?

法的には国籍とはあくまで、国家がその個々人を自国民として認識して、生命財産の安全を保護し国民の権利(たとえば自由に居住し労働する権利、参政権)を保証すること、国家と国民個々人の契約の一種である。

言い換えれば、「蓮舫は台湾国籍を持っているのを隠していた」「嘘を言っている」と言い張ることもまったくのナンセンスでしかないのだ。

公言もできない「国籍」を持っていたところでその権利を行使もできないのだからなんの役にも立たず、そもそもそんな面倒なことをわざわざやる理由が皆無ではないか。

なのに「隠している」「嘘」「知っていたはずだ」と言い張るのは、要は「お前は本当は中国人」イコール「お前は本当の日本人ではないことを隠している」と言い張っていることでしかないし、「二重国籍」疑惑、つまり蓮舫氏がちゃんと台湾国籍を放棄しているのかどうかをあげつらうこと自体が、「お前は中国人なのか日本人なのかはっきりしろ」イコール「中国人であることを棄てなければ認めない」と、無神経で差別意識丸出しの踏み絵を突きつけていることでしかない。

これが人種差別以外のなにものでもないこと以前に、そもそも蓮舫氏についてはナンセンスだ。

彼女は自分が日本人ではあってもルーツが台湾と日本の両国であり、父方の親族とのつながりが深いことをまったく隠していないどころか、自分の個性、セールスポイントとして強調すらして来た。

今回の騒動でも、父に日本と台湾どちらの国籍を選ぶか訊かれた時に、日本国籍を選ぶメリットは日本での参政権と被選挙権があると教わった、だから日本国籍を選んだ、とはっきり言っている。

どちらのメリットを選ぶかで国籍を決めたこと自体に、感情的な反発を覚える人もいるのかも知れないが、法的な意味では国籍とはその程度の意味しかないし、国際的にもそれが当たり前だ。

蓮舫氏でもケンブリッジ飛鳥選手でもベイカー茉秋選手でもサニブラウン・ハキーム選手でも、日本でずっと育ち日本に住み続ける気なら、日本国籍を選択した方が便利だし、政治に興味があるなら参政権は当然確保するし、オリンピックに出場するなら日本国籍の方が有利だ。

また蓮舫氏でもケンブリッジ選手でも、台湾やジャマイカのパスポートよりも日本のパスポートの方がビザなし渡航できる国が多くビザの発行要件も低い。先進超大国である日本のパスポートは世界でもっとも「強い」パスポートのひとつなのだ。ならば日本国籍を選択して当たり前であろう。

また日本の政治家になった蓮舫氏が、台湾に行けば自分のルーツは台湾だと語り、中国に行けば自分の漢民族の血統を強調するのも、政治家として当たり前だ。アメリカのケネディ家の人々もアイルランドに行けばケネディのアイルランドのルーツを強調する。

政治家が外国に行けば自国を代表する立場になる。友好親善を深め自分が代表する国のイメージをあげるためには、これは当然やるべきことであって、そんなところで「蓮舫は自分を台湾人だと言っているから反日なのだ」とか言い張るような愚かで無知な人々は、日本の外交や安全保障に口出しする資格なぞそもそもない。

そんな愚かな「意見」ですらない幼稚な言いがかりが幅を利かせるのなら、日本の民度はあまりに低い平和ボケということになる。

逆に日本国籍を喪失している日系アメリカ人や日系ブラジル人や、ペルー大統領になったアルベルト・フジモリが、だからと言って民族的に「日本人」でないわけではないし、それをどう捉え自分のアイデンティティのなかに落とし込むのかは、個々人の勝手でしかなく、まして日本人の両親の下に日本で産まれたから自動的に日本人であることを漠然と受け入れて来ただけのいわゆる普通の「日本人」には、そもそも理解できることではなく、よって口出しできることでもない。

そして国際法上、国籍の選択はその要件を満たす限りにおいて、あくまで個人の自由意志が尊重されるのも言うまでもない。

この場合の自由意志とは、もちろん自身がその国家に所属すると自認していることを論理的に証明できる合理的なものでなければならない。むろん、ただ「ボクそう思うんです」ではお話しにならないし、現にそんないい加減さで国籍を取得する者もいないのだが、そんなことすら分かっていない人が他人様の「国籍」を云々しているのだからいい加減にして欲しい。

蓮舫氏なら蓮舫氏で、これも本人が明言していることだが、ルーツとしての台湾にいかに強い意識を持っていようが、産まれたのも育ったのも日本で台湾の言葉もできかった。

中国に留学して北京漢話はできるようになったが、それでも第三外国語であって、およそ母語ではない。

それでも「私は日本人であるよりも台湾人だ」という意識を持つことも余人が立ち入れない個人の内面の問題だが、合理的に考えれば「日本にルーツを持つ台湾人」よりは「台湾にルーツを持つ日本人」という自己認識になるのが実際だろうし、蓮舫氏のようないわゆる「混血」の当事者は、そうしたことに自分で向き合い考え抜くことが立場上の必然だ。

民族籍、民族アイデンティティとは、決して「○○の国が好き」とか、「ボクそう思うんだ」と言い張る程度の、安直な話ではない。

むしろこと蓮舫氏やケンブリッジ選手、ベイカー選手のような「混血」が日本で育った場合なら、真逆にすらなり得る。

蓮舫氏の代表選出を通して、日本におけるいわゆる混血児の置かれた状況をレポートした英BBCによれば、日本の出生数のうちいわゆる混血になるのは2〜3%と報じている。2014年で3.4%だという。

こんな統計データすら、我々はまず知らされていないし、意識したこともない。

BBCのレポートは、日本の芸能界で「ハーフ」がもてはやされていることに言及しつつ、しかし片親が白人でなければ「バイ菌」などと呼ばれることが多い現実も包み隠さず述べている。

こうした体験を「ハーフ」の人たちが日本人向けのテレビ番組で率直に語ることはめったにない。

日本人視聴者に需要がない(というか受容する能力がない)とみなすメディア側が排除している面ももちろんあるし、それ以前に自分達がいわゆる「日本人」に嫌われいっそうの差別に晒されることを恐れて、当人たちもなかなか言えない。

同じことはたとえば、原爆を扱ったドキュメンタリーなどでも指摘できる。海外のテレビ局が参加した番組や国際共同製作の映画では、被爆者たちは自分たちが戦後晒された凄惨な差別の実態も包み隠さず語るが、今日の日本ではまずめったに聞かれない話だ。

言い換えれば我々いわゆる普通の「日本人」は、最近は少しは増えてはいても出生比率でも2〜3%でしかない、圧倒的な少数者になる、たとえば蓮舫氏のような立場の人たちのことをほとんど知らない。

自分の「国籍」とはなにかを考える必要もないから、日本国籍の扱いに関するテクニカルなことがらもなにも理解していないし、この下らないだけでなく下劣なバッシングの煽動が始まるまでは、関心すら持って来なかった。

知らない、自分に理解する能力がなく理解できる条件も整っていないことについては、少しは謙虚になって、他人の置かれた立場になって最大限想像してみるのが、まともな人間のやることのはずだろう。だとしたらこの「二重国籍」騒動というか虚報がかくも大騒ぎになり、警鐘を鳴らす公人や大手メディアすらほとんどいない今の日本社会は、もはや「まともな人たちの社会」ではない。

逆にそうした混血の、産まれた時に多重国籍になった人たちの立場から考えれば、自分が外国人だという認識であればまだ、こんな差別丸出しのナンセンスに晒されても、自分にとって「外国人」と思える「日本人」を「ジャップって馬鹿だな、分かってないんだな」とでも考えれば心の整理はつく。

だが産まれてずっと日本で育っていれば自分はやはり日本人になるのだし、その自分がその一員であるはずの民族から「完全な日本人じゃない」「バイ菌」などと差別され、排除されることほど、深く傷つくことはない。

片親が外国人のいわゆる「混血」の日本人が、憎悪すら含む複雑な感情を、自分は日本人だという意識が強ければ強いほど持つのが、むしろ当然なのだ。

親のどちらかの国籍が違っていたり、さまざまな事情で日本国籍を取得したり、在日コリアンであるとかの人たちに向かって、「あなたの国籍状況はどうなっていますか」とか、それが総理大臣を目指す必須の要件であるかのように訊き出そうとするのは、冷静に考えれば「あなた本当は日本人じゃないですよね(完全な日本人じゃなきゃ資格がない)」と人種差別意識を丸出しにした下品さで相手を問いつめていることにしかならない。

こんな単純なことにすら気づけない人たちが、いったいなにを言っているのか?

正直、神経を疑う、正気なのか、呆れる他はない。