最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

1/05/2018

新年早々、北朝鮮の「打ち上げ花火」(は多分ない)


新年あけましておめでとうございます…

広重 名所江戸百景 霞かせき 安政4(1857)年

…と始まった新年のニュースでさっそく、米メディアが北朝鮮がまもなく大陸間弾道ミサイルの発射実験を行う可能性を報じたと騒いでいる。「めでたさ」本来とは別の意味でのいかにもオメデタイ話にうんざりするが、まずそろそろ、いい加減学習してもいいのではないか?

昨2017年中に17回ミサイルが発射されたなかで、なにかの記念日に合わせてミサイルが発射されるのではないか、というメディアや識者の “予測” は、ことごとく外れている。

記念日に合わせての発射だったのは、アメリカの独立記念日のお祝いだとアメリカ合衆国本来の国是でありその独立戦争の正義にわざと言及して痛烈な皮肉を飛ばした時と(確かに超大国の力任せに北朝鮮のような小国を押さえつけるのは、アメリカそれ自体が体現するはずの理想への裏切りになる)、帝国主義時代の日本による朝鮮半島侵略が完成された1910年の日韓併合の記念日に合わせての発射だけだ。この時には北朝鮮政府がその旨を明言して自国に向けられた非難を今の日本の歴史無視・歴史修正主義批判へと、鮮やかにひっくり返してみせた。

この後者については、日本メディアは懸命に言及を避けているが、そんな国内引きこもり的な独りよがりでは、かえって北朝鮮に一定の正当性を与えてしまうだけだ。 
過去の日本が東アジアと世界の平和に挑戦し乱そうとした加害国であることは変えようがないし、しかも当時の日本は、今の朝鮮労働党体制どころではない軍国主義国家だった。北朝鮮はその直接被害国だ。 
その反省を前提にしない限り、日本がどう北朝鮮を非難しようが、返す刀で「お前が言うな」と国際的に認識されておしまいなのだ。 
逆に言えば、毎年の終戦記念日などで口先だけでいいから反省を明言して、現代の民主主義国家日本はかつての侵略国家日本とは違うと明示さえし続けていれば、それだけで(はっきり言えばタダで)済むことなのに、なぜそんな簡単なことが出来ないのだろう? 

どうせ報道されたとたんに結果として虚報になる(つまり大きなニュースに既になっているのだからわざわざやらない)公算が高い以上はまったく重要性のない、それも別に独自取材でもなく外国の同業他社の受け売りで、新年早々にこの大騒ぎとは、いかにも志が低くて幸先が悪い上に、頭の悪さとヒステリックな妙な共感性依存体質ばかりをなにもわざわざさらけ出すこともあるまいに。

北斎 富嶽三十六景 江都駿河町三井見世略図 19世紀

これまでミサイル発射がある度に、日本政府はまったく意味がないJ-アラート(弾道ミサイルが日本の「上空」ではなく「日本の上の人工衛星より高い宇宙空間」を通過するときは慣性の法則で地球の引力と拮抗する力で放物線を描いて移動しているので、日本に落ちて来るわけがない)をわざわざ発令したり、小学生に昔懐かしい防災頭巾をかぶらせて避難訓練をさせたりして危機感を煽ろうとする一方で、発射の度に「事前に察知していた」と強弁もして来た。

むろん世界最強のアメリカの軍事衛星偵察システムがあるのだから、ある程度の監視は可能だし、そこで得られた情報は日本政府も直前にもらうことが出来る。だが北側から見ればミサイル演習や実験の準備まではしても、本当に発射するかどうかは、あくまでその時々の状況とその状況から産まれる戦略的効果による。

つまり北朝鮮の一挙手一投足がここまで注目を集めているからこそ、ますます外交的に最もインパクトのある時を狙って戦略的に考え抜くのが当然なわけだし、逆に言えば一般メディアまでが「発射の兆候」を把握しているのなら、そのタイミングで撃ったところであまり(というか、普通ならまったく)意味がない。

つまり米メディアの報道にわざわざ正月のトップ・ニュースにする価値は、それが報じられたとたんにまったくなくなってしまうし、どっちにしろまかり間違って米朝開戦となるとしてもそれはアメリカが仕掛ける場合のみで、北がいきなり先制攻撃なんて絶対にあり得ないというのに、よくもまあ無意味なニュース報道で空騒ぎの火に油を注ぐものだ。

広重 名所江戸百景 山下町日比谷外さくら田 安政4(1857)年

いや、もっとはっきり言えば、北朝鮮はすでに移動式の発射台などの技術を持っているのだから、本気で駆使すればアメリカの軍事衛星偵察システムからさえ兆候を隠すことも理論上は可能なはずだ。なのにたかが米メディアが「発射の兆候」を報道できるというのは、むしろ北朝鮮がそう報道するように仕向けている(つまり、わざと発射準備に見えるような動きをした)可能性も、排除しない方がいいのではないか?

つまりは金正恩がわざと蒔いた餌にあっけなく飛びついて、赤子の手をひねるようにいいように弄ばれているだけなのではないか?

英一蝶 大井川富士図 江戸時代17世紀

なんと言っても核とミサイル開発は、金正恩政権にとって日本やアメリカや韓国が自国に注目するように仕向ける最も効果的なカードになっている。しかもそのカードの有効性は、他ならぬ日米韓の3国や中国が証明し続けてくれているに等しい。

核兵器はその存在自体が道徳的に(つまり少なくとも建前としては)絶対悪であるだけでなく、実務の問題でもたいがいの核保有国にとって核兵力の維持は、とっくに大国なのにいまさら大国気取りの虚勢を張りたがる自己満足以外には、なんの役にも立たない冷戦期の惰性でしかなく、壮大な税金の無駄に過ぎない。
 
オバマが核廃絶を訴えたのも、核兵力の維持にかかる膨大な国費が財政上無視できない負担になっているという現実をなんとか変える狙いもあった。結局は絵に描いた餅で、オバマ政権下にアメリカの核軍備は更新され続けるどころか増強さえされてしまったし、最後の切り札だった核兵器使用を人道上の罪として謝罪することも、その人道犯罪の被害国であるはずの日本に(なぜか)阻止されてしまったのだが。 
だがこの北朝鮮の核武装計画の場合、確かに「核保有」は外交的に極めて効力のあるカードとしてちゃんと利用は出来ている。

北朝鮮にとっては国民生活を犠牲にして膨大な資金を注ぎ込まなければならない核開発だが(だから金正恩は就任当時、父が進めていた核開発ではなく国内産業の育成に予算を向けようとしてもいたが、諸外国に無視され続けるなかで方針の転換を余儀なくされた)、周辺諸国が大人げない対応をし続ける限り、決して「ただの無駄」にはなっていない。

むしろ代替わりの直後に韓国や日本に対して関係改善を働きかける比較的まともな外交姿勢に方針を転換しようとしても(韓国にはお互いの罵倒を止めようと提案し、日本には拉致問題の再謝罪と再調査を申し出て、第二次大戦の日本人戦争遺族を中朝国境地域への墓参に招待もした)単に無視されただけだった以上、核とミサイルというカード以外に、金正恩が国際社会のなかで中国の属国状態と偏見で見られ続けることから抜け出して、北朝鮮の未来を切り開けるカードは、他になかったとすら言える。

言い換えれば、現代の国際社会に国連憲章に謳われているような理想を少しでも尊重する姿勢があれば、金正恩政権は核やミサイルの開発ではなく他のもっと建設的な分野に国費と国力を注ぐことも出来たし、現に金正恩自身が最初はそういう改革をやるつもりだった。だが例えば拉致問題を再び謝罪して今度はしっかり調べると申し出ても、単に無視されただけで日朝関係も北朝鮮の地位も、なにも改善しなかった。

それが核とミサイルをちらつかせるだけで、周辺の諸大国は金正恩の一挙手一投足にひたすら注目する。オバマ政権はまだ「戦略的忍耐」と称してとにかくなんでもひたすら無視を決め込んだので、北がどんな騒ぎを起こそうにも不発に終わったのが、ちゃんと反応して積極的に関わろうとするトランプ政権なら、米朝交渉に引きずり出せる可能性も相当に高い。

歌麿 合惚色の五節句・正月 18世紀

冷静に、客観的に見れば、たとえば日本政府が対米従属に徹しつつ「圧力」一辺倒を口角泡を飛ばし叫びつつ、その裏で恐らくはあの手この手でアメリカ政府に働きかけて強硬姿勢に誘導すらして来たであろう(ワシントンでロビー攻勢に専念して来たとしても驚くに値しない)この数ヶ月の結果は、なんと周辺のどの国に較べても吹いて飛ぶような国力しかない、経済的・産業的にもあまりに遅れた貧しい小国でしかないはずの北朝鮮の、日本も含めた周辺諸国に対する圧巻の外交的勝利の連続になっている。

逆にこと日本の国益という観点で言えば、なんの戦略性も出口戦略もなかった「圧力」方針は、金正恩政権に着々と核弾頭と弾道ミサイルの技術開発を進めて完成に近づける時間稼ぎをみすみす許しただけだった。

いわば安倍政権がこそが、北朝鮮の目標達成に貢献して来たとすら言えてしまえそうだ。

日本から至近に核武装国が出来てしまうこと自体は、もちろん日本の安全保障にとって決してプラスではない。そんな明らかに国益に反する状況を日本政府自身がみすみす自らの無策で招いてしまっただけが「最大限の圧力」の結果だし、日朝関係の日本にとっての大懸案であるはずの拉致問題も、「圧力」を叫ぶだけで交渉パイプを自ら潰してしまっている現状では、ますます解決の見込みも遠のくしかない。

北斎 太夫の書初め 文化4(1807)年

もっとも、国民の利益ではなく政府というか安倍政権の利益から言えば、拉致は決して解決してはいけないし、被害者家族はひたすら「気の毒な人々」であり続けてもらわなければ利用価値がなくなるのも確かだ。しかも本気で解明・解決をしようとすれば、その過程で安倍政権が決定的に不利になる事実が次々と明らかになってしまう(要はなにもせず、むしろ解決を妨害し、被害者家族を選挙等にひたすら利用しつつ、その被害者家族にさえ圧力もかけて黙らせようとして来ただけなのが安倍晋三とその周囲)のが実情だ。

北朝鮮の核武装が現実化しつつあることですら、安倍政権にとっては日本の安全保障は実はどうでもよく、国内的に防衛予算の増大させたり憲法9条を改正するには確かな追い風として政権の求心力を高める効果だけを狙っているとしか思えないし、現にその効果だけは上がっている。

外交的には大惨敗としか言いようがない安倍政権の動きだが(トランプ来日でアメリカ製最新兵器の購入をあっけなく飲んでしまうなんて、あまりにみっともないし)、これが外交も安全保障も実はどうでもよく、「国難」を煽るだけ煽って政権基盤を固めようと意図したコップの中の嵐的な陰謀だったとしたら、驚くに値することは何もないのかも知れない。

渓斎英泉 書き初め美人 19世紀

さて一方の北朝鮮・金正恩政権はといえば、新年早々のミサイル発射の「可能性」に興奮していた日米をあざ笑い、その梯子を外すかのようなサプライズの新年の訓示を発表した。

まず金正恩は「核戦力の完成」を宣言し、アメリカ大統領の有名な核のボタン(大統領がどこに行くのでも携帯用の発信装置がついて行くことになっているらしい)をあてこすって、アメリカに撃ち返せる「核のボタン」は「いつでも私の仕事場の机の上にある」と述べた。

トランプはさっそく「私の机の上にも核のボタンはあるし、こっちの方が強力だ」と大人げないツイートで言い返して、またもや金正恩の計算通りに乗せられたわけだが、普通に読めばこの発言の外交的メッセージは、要するに核開発はもう「完成」したのだから北としてはこれ以上の核やミサイル発射による威嚇・挑発はやらないでもいいのだが、米韓日の側はどうするつもりなのか、とボールを投げた内容になっている。

ならばアメリカだって返すべきボールが何なのかも、それ以外の対応があり得ないことも百も承知なのに、それでは「リトル・ロケットマンの言いなり」になってしまうのが、トランプにはやはりよほどシャクに触ったのだろうか。

歌川豊春 新板浮繪七福神寶舟湊入之圖 18世紀

もちろん、ここで周辺諸国が判断を間違えさえしなければ(ただしそれは、北朝鮮の狙った通り、にもなってしまう)、この核とミサイル問題は完全な「解決」とまでは行かなくとも、偶発的な戦争が起こりかねないようなヒートアップした危機は回避されるのだし、現にトランプ政権もすぐに態度を翻すことになった。

なんと言っても北朝鮮がこれ以上、核実験やミサイル演習を続けなくなる可能性だけでも安全保障上の成果は大きい。

…というか、本音で言えば金正恩だって、これ以上核やミサイルに国費を注ぎ込み続けるのはできれば止めにしたい。その必要さえなければ、同じ資金を国内の産業整備やインフラ事業に注ぎ込めれば、それに越したことはないのだ。 
 だからこそ北朝鮮は足下を見られないように、その本音はわざと隠して来た。アメリカのメディアが新年早々にミサイルを発射する観測を報じたのも、だからこその陽動作戦だった(わざとそう見られるかのような動きをさせた)可能性すら否定はできない。
要は自国がアメリカにいつアメリカの核攻撃で全滅するか分からない、というようなリスクを排除するのと、中国が今後は露骨な属国扱いはしないこと、あとは日本が差別意識丸出しの侮蔑的な態度を今後は控えることさえ実現できれば、あえて大金を注ぎ込んでこうした敵対姿勢を続ける理由なんて、そもそも北朝鮮にはないのだ。


魚屋北渓 三升福禄壽・布袋 19世紀

この新年の訓示で本当に重要だったのはもちろん、北朝鮮がこれまで沈黙を通して来た韓国・平昌で開催される冬期オリンピック(1988年のソウルの夏期オリンピックについで2度目の朝鮮民族が主催しホストになる大会)について、祝福・歓迎する姿勢を明確にし、参加の意志も示したサプライズだ。

つまりは年末にアメリカのメディアがミサイル発射の兆候を報道した、つまりはアメリカのメディアが報道できるほどあからさまに北朝鮮がミサイルの発射を準備しているかのような動きを見せたのは、やはりこのサプライズ効果を高めるための陽動作戦というか、要するにアメリカのメディアも日本のメディアも騙され引っかかって踊らされただけだったのだろう。

韓国政府には当然ながら、これに応じて南北対話を始める以外の選択肢はない。さっそく文在寅大統領が歓迎の意を表明すると、北側はすぐに板門店の南北ホットラインも復活させ、高官レベルの会談の準備まであっというまに始まった。

日本のメディアは米朝対立がより激しくなってくれなくては困る安倍政権(北朝鮮のお陰で支持率がなんとか維持されているのが、「国難」を標榜してうやむやにできて来た森友・加計学園疑惑も再燃するし、政権に近いペジー・コンピューティングの助成金詐欺事件にリニア新幹線談合など、より巨額な「オトモダチ優遇」疑惑も山積している)を必死で忖度するように、これが北朝鮮による米韓の結束にクサビを打ち込む陰謀で、乗ってしまう文在寅は愚かだ、と言わんばかりの論調を取っているが、馬鹿も休み休み言って欲しい。

国際平和と正義の観点からして、韓国政府には北朝鮮のオリンピック参加の意向を歓迎する以外の対応はそもそも出来ないし、アメリカだってそこには反対できないのだ。

産経系の極右夕刊フジなどは「アメリカが韓国に激怒」とか、今度は米韓戦争が始まるみたいな妙な期待に染まっているが、米韓にクサビどころか韓国を使ってアメリカを交渉に引きずり出すことも可能なのが、北朝鮮の外交戦略だ。

この流れに抵抗すれば、それこそ「韓国は平和の祭典を主催するのに戦争をやりたがっているのか?」と思われるだけだし、そもそも戦争をやりたがっているのは日本であって、韓国では一部の狂った右派はともかく、文在寅は「愛国心」と彼が言う時にはそれは朝鮮民族の総体が対象で、性急な半島統一は当分は不可能でも南北朝鮮は融和すべきだ、というのが信念だし、圧倒多数の国民は、何十万人か、運が悪ければ何百万もの犠牲が避けられない対北朝鮮戦争が現実の選択肢になれば絶対に反対する。

国貞(三代豊国) 七福神 19世紀

逆に言えば、これもまたもや、金正恩のまだ30を過ぎたばかりの若さとは思えない老獪な外交手腕を示す、相手国の都合や利害や行動原理を考え抜いた上で戦略的にタイミングを見計らった一手だった。

つまりはまたもや、北の計算通りの、圧倒的な外交的勝利だ。

なにしろ米韓両国のあいだでは、「北朝鮮は参加しないだろう」という前提で、平昌オリンピック前とその期間中は米韓軍事演習は延期する、という合意の形成が昨年暮れから既に進んで来ていた。

この合意が検討され始めた時点では、北朝鮮は五輪への参加についてなにも言わず、国際オリンピック委員会からの参加の意向確認にも(恐らくはわざと)なにも返事をしていない。そこで米国や韓国の右派や日本では「北朝鮮は国際平和に反して挑発的な態度を取り続けるに違いない」「オリンピックを妨害するためにテロ事件を起こす」などとレッテル貼りに耽溺し、その対比で自らはオリンピックに参加し協力する国際社会の側だという格好を演出するプロパガンダで、北に対する道徳的な優位を(主に国内向けに)示そうとすらしていた。

金正恩はその自惚れのスキに見事につけ込んで、米韓(とくにアメリカ)の鼻を明かしてみせたわけだ。

作者不詳 江戸の正月 天保8(1837)年

アメリカにしてみれば、いかに北朝鮮に逆転されて主導権を握られ、金正恩の狙った通りの結果になるのが悔しくとも、今さら米韓軍事演習の延期を撤回するわけにはいかない。国防総省もさっそく米韓軍事演習をパラリンピックの終了までは延期すると早々に発表した。悔し紛れに北朝鮮の五輪参加を評価するのではなく、大会開催中は軍事演習による交通の制限などを避けるため、という言い訳を付け加えてはいるが、演習を少なくとも延期はしなければ平和の祭典オリンピックをアメリカが妨害した、という形になってしまうのは、いかに「アメリカ・ファースト」のトランプでもそんな状態に自らを追い込むわけには行かない。

つまり事態が北のペースに乗せられて進展することはアメリカも避けようがないし、北朝鮮はアメリカをその立場に追い込む計算で情報の出し方をコントロールして来ていたのだろう。

北斎 七福神 文化6(1809)年

次の焦点はもちろん、合同演習が今のところ「延期」であるのを「中止」するようにと北朝鮮が要求して来るかどうか(というか、これはほぼ確実にこう言って来るだろう)、そしてその要求に米韓がどう応えるかだ。

韓国の右派と、それ以上に日本は、強硬に反対するだろう(両者ともアメリカべったりの対米依存であると同時に、自分たちの憎悪の対象をアメリカが撃滅してくれることで自分たちの権威権力が担保されるのだと、あらぬ期待を抱いている)が、文在寅政権は「無期延期」か、年内は見送るくらいまでは本気で検討するだろう。もともと米韓合同軍事演習は、文在寅にしてみれば断る理由も見当たらないのでアメリカや国内右派に合わせるしかなくやって来たことに過ぎないのが、これで平和の祭典のオリンピックが断る大義名分になったのだ。

そしてアメリカに対しても、これを機に米朝対話を本格的に始めるように、という圧力が国際的にかかることにもなる。逆に言えば、このまま米韓合同軍事演習をアメリカが強行してしまうなら、世界の平和を乱す悪者になって国際的に白い目を向けられるのは、北朝鮮ではなくアメリカなのだ。

しかも米韓合同演習をただ「延期」するだけで、オリンピック後にはまた米朝対決を再開するという態度をアメリカが取るのなら、北朝鮮の態度が「ならば結構、そのあいだもこちらは黙々と核とミサイルの開発を続ける」となるだけだ。つまりは「延期」だけに留めてしまえば、米本土に直接攻撃が可能な弾道ミサイルをいよいよ本当に完成させるためのさらなる時間稼ぎを2ヶ月以上も、北朝鮮にみすみす与えることにしかならない。

北斎 見立て大黒・弁天・恵比寿 江戸時代18世紀

NHKがわざわざアメリカでも世論調査をやって脅威と感じる者が8割と報道しているが、アメリカ国内的に北朝鮮の核問題が「脅威」であるのは、単に金正恩政権が、というわけではないし、現にNHKの質問項目もなんのことはない、あくまで「米朝戦争が起こること」を脅威として感じるかどうかだった。

「なにしろこっちの大統領もトランプだし」「トランプのことだから非常識で愚かなことをやってしまうのではないか」という不安も含めて脅威を感じているのがアメリカ国民であって、しかもアメリカが深く関わり続けている中近東情勢に安定の気配がまったく見えない(むしろトランプが新たな混乱を招いてしまっている)なかで、今度は東アジアで戦争など無謀でしかない上に、理論上はアメリカ本土全体を射程に収める火星15号ミサイルも、北朝鮮はすでに持っている以上は、米本土の大都市とそこに住むアメリカ国民の声明すら危険に晒すことになる。そんな軍事行動に賛成できるのは、アメリカ国民のなかでもごく一部の、世界を知らず根深いコンプレックスに囚われている人々だけだ。

だいたい日本が期待しているような「北朝鮮はけしからん、やっつけてしまえ」などという積極的な世論は、アメリカにはほとんどない(というかそもそも北朝鮮なんてどうでもいいし、朝鮮半島がどこにあるのかもよく知らない)。

北斎 宝船の七福神 19世紀

アメリカが東アジア外交でもっとも重視しなければならない相手国は当然ながら中国であり、トランプにとって幸いなことに、習近平もそこを深く理解してトランプ個人との信頼関係をしっかり構築して来た(それに有能な豪腕政治家の習近平は、トランプにとって個人的に敬意も抱くし話も合う相手なのは、安倍とは大違いだ)が、その裏では中国政府にとっても、今の北朝鮮は最大のアキレス腱のひとつになってしまっている。

なにしろ父の金正日の時までは事実上の属国だったのが、息子の金正恩はまったく言うことを聞かないどころか、むしろわざとことごとく北京の意向に反対し、「図体がでかいだけの間抜けな周辺諸国」とまで痛烈に罵倒して、徹底的に馬鹿にして来ている。大国としての立場とアイデンティティを鮮明にしつつあるのが今の中国なのに、その盟主を気取る習近平がたかが北朝鮮すら従わせられないという現実が明らかになってしまえば国家の沽券に大いに関わり、チベットや新疆ウイグル自治区の独立運動などを勢いづけてしまうだけでも大変なリスクだ。

ここはなんとしても米中が連携して北朝鮮をねじ伏せなければいけないのだが、北京にとってさらに厄介なのが、その国際的な手段には経済制裁しかないことだ。

今の中国の国民は経済発展こそが国のためであり自分達国民のためだと考えている。北朝鮮との付き合いが現に金儲けになっていて、それが今後の商売の上でも重要だと考えれば、政府の命令になぞ従わないし(というか中国国民はそもそも、自国政府をそんなに信用もしていないし権威も感じていない)、ましてアメリカの言いなりになぞもっとなるわけがない。国民の本音レベルでは一歩間違えれば「政府はなにを馬鹿なことを言っているのか」としか思われなくなる経済制裁への参加は、北京政府も実効性が元々担保できないのが実情で、とはいえこうも反抗的な北朝鮮に対する国際的な制裁に参加しないのは中南海の沽券に関わるので、だましだまし参加するしかない。

その上北朝鮮と国境を接し、もっとも関係が深い旧満州はもともと漢民族の土地ではなく、満州族、モンゴル人、朝鮮族など少数民族が多く北京政府への不満も不信も元から強い。政府の都合にそう従順に従ってくれる人々ではないのだから、その不満を長引かせるわけにはいかない。

つまり習近平にしてみれば、今のところはできるだけトランプに歩調を合わせはするが、協力するから早く金正恩とカタをつけてくれ、というのが本音だ。

窪俊満 七草 19世紀

ロシアのプーチンにとっては、とにかくウクライナ問題以降の経済制裁を主導するアメリカの権威を失墜させ「アメリカ側」の陣営を瓦解させることが重要な外交目標なので(そのアメリカのヘゲモニーを破壊しなければ、ロシアは二流国扱いのままになる)、北朝鮮問題がどちらに転ぼうが、それをアメリカの愚かさや不道徳さをあげつらう手段に用いるに決まっている。

魚屋北溪 七草売り 19世紀

北朝鮮はつまり、国際的にも米国内的にも「トランプいいかげんにしろ」という声の方がいつでも沸き上がりかねないタイミングを見計らって、平昌オリンピックへの参加の意向を明らかにしていたことになる。

しかもとたんに急ピッチで話を進めることが出来ていると言うことは、一ヶ月前になって突然オリンピックに参加することになったかっこうの選手たちのトレーニングも含めて、海外に察知されないように万端の準備を重ね、あとはこの五輪カードを切る最良のタイミングを考え抜いて来た策謀だったのだろう。

金正恩は元々、代替わりの直後には韓国の、38度線からたいして離れていない平昌でのオリンピック開催が決まったのを見込んで、38度線のすぐ北にスキー場を建設させている。つまり共同開催も視野に入れていたわけで、右派系の(というか軍事独裁者・朴正煕の娘である)朴槿恵の敵視政策で断念していた。日本もまた朴槿恵以上に北朝鮮を敵視するというか、差別意識丸出しの安倍政権なわけで、この2国が金正日から金正恩への代替わりが関係改善のチャンスだったことを見逃していなければ、そもそも今の核・ミサイル危機は起こっていない。

オバマ政権も韓国と日本を無視するわけには行かないから、「戦略的忍耐」つまり「なにもしないこと」以上の対応は出来なかった。現状を冷静に見れば、要するに米日韓の3国にはそのツケが突きつけられているのだ。

魚屋北溪 三十六禽続・犬 19世紀

朝鮮半島は南北合わせた全体で見ても、人口の面でも面積でも小国でしかない。歴史的にもはっきり言ってしまえばほとんどの場合、中華帝国にひたすら付き従う朝貢国・衛星国でしかなかった。

それでも現代の韓国は経済発展と、東アジア・東南アジア圏を中心に世界に向けた文化輸出政策を民主化後の国が強力に後押しして来たことで、かなりの国際的なプレゼンスを獲得しているが、もう一方の北朝鮮は、大国が主導する国際政治の枠組みのなかで、こう言っては悪いが吹いて飛ぶような存在感しかない国だ。

その北朝鮮がこれだけの国際政治上の注目を集めるよう巧妙に立ち回り、「綱渡り」「瀬戸際外交」と大国のメディアがいかにムキになって揶揄し貶めようとしようが、しっかり自らの地位と発言力と国益を確保し、国内でいかに深刻な貧困や食糧不足や政治弾圧などの問題を抱えながらも、外交的には連戦連勝を重ねて来ているのだ。

しかもその指導者はまだ30を過ぎたばかりの若者のはずが、その外交は老獪で狡猾極まりなく、しかも大胆で、しっかりと計算どおりの結果も出している。

金正恩の政治能力が高いからだ言われれば、ドナルド・トランプや元側近のスティーヴ・バノンですらそう認めている通りなのだろうが、それ以上に日本が(曲がりなりにも大国だというのに)あまりに無能にして非常識でプライドのかけらもなく、あまりに情けなさ過ぎはしないだろうか。

広重 名所江戸百景 高輪うしまち 安政4(1857)年

他に使えるカードが他にないから核とミサイル、という選択は、もちろん倫理的には大いに問題だ。こと唯一の戦争被爆国である日本の国民としては許せないのはその通りだ。

しかし日本がそれを言うのなら、自らがアメリカの「核の傘」が必要だなどとはそれこそ建前だけでも絶対に言ってはいけないダブルスタンダードにしかならず、日米安保があるからと言って、そこまで卑屈になって自国民の被爆者をあからさまに裏切り侮蔑してまで媚を売る必要はない。

日本列島にとって「北朝鮮の核武装は脅威」なのもその通りだが、それを言うならアメリカが在日米軍基地、とくに沖縄という足がかりを持っていて、いつでも北朝鮮の全土を壊滅できるだけの核攻撃が可能な体制を維持している(日本政府への通告義務がないので、現状で沖縄の核弾薬庫に再び核弾頭が持ち込まれているのは十分にあり得る、というか当然持ち込んでいると考えるのがまともな軍事安全保障上の思考)ことも、日本国民ならば許してはならないはずだ。

礒田湖龍斎 水仙に群狗 18世紀

それに北朝鮮が本来なら持っていた、外交上の他の「使えるカード」として、日本相手なら拉致問題の再謝罪と再調査を申し出て来たのは北朝鮮だし、その当時には安倍政権下で在日朝鮮人や朝鮮総連に対する露骨に人種差別的な言動が政権の熱烈支持層から出て来ていたり、政策面や司法の動きでもそうした人種差別が補完されていた(たとえば朝鮮学校の高校無償化からの除外、たとえば朝鮮総連本部ビルの差し押さえ)こともあえて直接明言はせずに、日本政府に在日朝鮮人の人権の保護を今後もしっかりお願いする程度の言い方で済まして来ていたのを、不誠実さ丸出しに無視して、新たな拉致被害者救出の可能性すら潰して来たのは、安倍政権の日本政府だ。

浄瑠璃寺十二神将像 戌神 鎌倉時代13世紀

あえて極論を言うならば、今の北朝鮮をめぐる国際状況を作り出したのは、国内引きこもりで外交を国内向けの、それも自分の熱烈支持層(これがまたまったくロクでもない人々で、普通の日本人なら「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言いたくなるような、人格がぶっ壊れたとしか思えない不道徳な差別主義者の噓つき集団)へのアピールと、とってつけたようなうわべだけの自慢と言い訳の手段としかみなして来なかった安倍政権の、呆れるまでの非常識に彩られた外交無能ぶりにも大きな原因があることを、たとえば日本の大手メディアなども、そろそろはっきり言うべきではないのか? 

北朝鮮が本当に「脅威」で「国難」があるのなら、それを少しでも解消・緩和に導くことこそが本来なら日本国民の利益、つまりは日本の本当の国益のはずだ。

しかしだからこそ、トランプのアメリカが北朝鮮を殲滅でもしてくれることに淡い期待だか夢だかを抱いている安倍が総理大臣でいる限り、平和裏で解決できる問題でもあえてぶち壊しにして「集団的自衛権」を行使したくてウズウズしている安倍が邪魔するのだろう。

円山応挙 朝顔狗子図杉戸 天明4(1784)年

日本は経済的にも文化的にも、そして実のところ軍事力においても立派に、世界屈指の大国だ。だから(アメリカ以外の)世界中の国々は日本に最大限の配慮を欠かさないというのに、日本政府はなぜこうも外交がヘタクソで外交的惨敗を続けるばかりで、自国の利益がどこにあるのかすらロクに把握できていない外交上の奇行を繰り返すのだろう?

そんな情けない大国の日本と比較したとき、北朝鮮の外交は、その国自体は偏見で見られ続けているし実際に時代錯誤な独裁国家ではあり、国力の規模としても吹いて飛ぶような小国でしかないからこそ、自国のカードとして使える強みとその効果・効力を冷静に評価して、もっとも有効なタイミングでそのカードを切る深い戦略性で一貫していることは否定のしようがない。

相手を小国だと見くびって、日本人(それに中国人もそうだが)ならば差別対象である朝鮮民族だからという偏見に染まったまま、優越感の自己満足に耽溺しようとし続けた結果、もはや日本の国内ではムキになって差別意識に満ちた罵倒を共有してかりそめの優越感と集団ヒステリー状態に浸ることしか出来なくなっている。

なんと言っても安倍政権のうわべだけ強行路線の実態は、ひたすらアメリカ頼り、それも国務省のスタッフも未だロクに揃えられず外交不全状態が続くトランプ政権に依存するだけで、トランプが金正恩をやっつけてくれることに淡い期待を抱いているだけ(で、トランプ自身はそもそも、そんなことやる気ゼロ)の空虚な強がりでしかないのは、あまりに情けない。


その日本にとってはますますおもしろくないことだろうが、このまま平昌オリンピックを成功に導くことができれば、現状の北朝鮮危機…というか米朝危機は、それなりの解消に向かって行く可能性は多いにある。

まず韓国の現政権はそのつもりだし、そろそろ収束に持ち込むことは北朝鮮にとってだけでなくアメリカにとっても、そしてむろん中国にとっても、共通した利害なのだ。

そしてその流れにはロシアも乗るであろことも目に見えている(なにしろアメリカが妥協する、という結論に表向きはなるのだから)。

…というか、日本の国民にとってだって、そうならなくては困るはずだ。

在日朝鮮人をどうしても差別し続けたいからその正当化のためには北朝鮮は「悪」でなくては困るなんて人はごくごく一部しか、実際の日本国にはいないはずなのだ。

円山応瑞 狗子図 18世紀

もちろん安倍政権の「圧力!圧力!」のバカのひとつ覚えの結果、ICBMはまだ実用段階では実はない(金正恩はあえて「完成された」と明言したが、要するに「ここで止めてもいいですよ」というジェスチャー)にせよ、北朝鮮が核弾頭を持ち、日本列島を射程に収めるミサイルならとっくに実用段階になっている現状は、それはそれで非常に困った問題だ。

だがこれを「日本は核兵器を持っていないのに北朝鮮が核武装なんて悔しい」という劣等感と罪悪感の裏返しとしての差別意識から来る歪んだ欲望を満たしたいだけの、およそ現実離れしまくった願望とスリ替えてはなるまい。

日本こそがうまく立ち回って米朝交渉を速やかに始めさせていればまだ結果は違ったろうが、もはや現実問題として北が核武装を手にしている以上、解決の構図は北朝鮮とアメリカの間の対話というのは、双方の核軍縮交渉にしかなりようがないのだ。

アメリカが認めようが認めまいが北朝鮮は現に核武装してしまっているし、しかも日本が核拡散防止条約で核兵器の保有を認められた五大国の核武装を支持し、この条約違反のインドの核政策にすら協力し、自国の安全保障にアメリカの「核の傘」が必須だと裏でこっそりの本音ならまだしも公言してしまっている以上、北朝鮮に核武装それ自体の放棄を迫ることなんて、現代の世界秩序が主権国家の平等と公平性を一応の基礎としている以上は筋が通らない。よほど札ビラを切って援助ばらまきを押しつけでもしなければ(まあこれが安倍の言う「地球儀を俯瞰する外交」の唯一の手段なのだが)誰も賛同してくれないような無理な相談でしかないことに、そろそろ日本国民は気付いた方がいい。

もちろん日本がここで核兵器禁止条約の発効に積極的に動き出し(ヒロシマ、ナガサキの被爆国なんだから当然のこととして、本来なら期待されていたこと)、日本とその周辺の東アジア地域そのものの非核化を主導し始めるようなことがあれば、つまり「唯一の戦争核被爆国」という最強の外交カードを巧く使いこなせるようになれば、話はまったく違って来るのだが…。

広重 薔薇に狗子 19世紀

0 件のコメント:

コメントを投稿